手書きフォントに感じた、ほんの少しの違和感
単体では、とても魅力的
最近、手書き風フォントを目にする機会が増えました。
やわらかく、親しみやすく、どこか温もりを感じさせる文字。
デザインとしてとても完成度が高く、「手書きらしさ」を美しく再現していると思います。
一文字だけで見ると、本当に自然です。
少しかすれた線、わずかな揺らぎ、整いすぎない形。
どれも丁寧に設計されていて、ブランドの世界観を表現する手段としては、とても優秀だと感じます。
けれど——
宛名や手紙のように、文章として並んだとき、
私は、ほんの少しの違和感を覚えました。
文字は並べるだけではない
その違和感はどこから来るのか?正体を考えてみました。
きれいに整っている。
読みやすい。
でも、どこか流れが止まっているように感じるのです。
一文字一文字は確かに“手書きらしい”。
けれど、それぞれが独立して立っている印象がある。
呼吸がつながっていないような感覚。
書道には、「気脈・意脈・筆脈」という言葉があります。
文字の点画や、文字同士の間隔が、物理的に離れていても、次の文字へ向かうための流れや繋がりを意識した筆の運び方があるのです。
文字は、単なる形の集合ではなく、流れの中にあるものだということに、改めて気付かされます。
フォントと人の違い
フォントは、完成された文字の集合です。
常に安定し、常に同じかたちを保ちます。
そこに揺らぎはあっても、その場で生まれる変化はありません。
一方で、人の手で書く文字は、その日の体調や心の状態、相手への思いによって、微妙に変わります。
文章の途中で、少しだけ力が入ったり、そっと抜けたり。
余白の取り方が変わったり…
それは意図的ではなく、自然に生まれるものです。
だからこそ、文字同士が見えないところで呼応し、ひとつの流れをつくっていきます。
この違いは、技術の優劣ではなく、役割の違いなのだと思います。
だから、手書き
フォントは、美しく整えることが得意です。
人の手は、流れを宿すことが得意です。
宛名や手紙は、情報を届けるだけのものではなく、その人の気配をそっと運ぶものだと、私は感じています。
文字をただ並べるのではなく、
流れを意識して文字を書くということ
その中にこそ、
人にしか出せない温度がある。
ほんの少しの違和感をきっかけに、
改めてそう感じます。
だから私は、手書きを選びます。

