宛名書きは、なぜ楷書がよいのか

美しい書の行方は

これまで受け取った年賀状の中で、忘れられない1通があります。

見事な草書で書かれた宛名。
迫力のある素晴らしい文字!

けれどそこには、いくつもの「宛先不明」の印がありました。
長い道のりを経て、松の内を過ぎた頃に、ようやく届けられたのでした。

お世話になっている方が送ってくださった年賀状。
そうとは知らぬまま、何度も顔を合わせ、適切なタイミングにお礼を伝えることができなったこと、今思うと、何だか複雑な思いです。

宛名は届けるために

郵便物を届けてくれるのは、書に詳しい人とは限りません。
毎日沢山の郵便物を仕分け、運び、次へと渡していく人たち。
その流れの中で、迷いなく読めることが何よりも大切なのだと、改めて気づかされました。

宛名は、届けたい相手に確実に届けるためにある。
それが一番大切な役割です。

楷書という、やさしさ

楷書は、一画一画が明確で、誰にとっても読みやすい標準の書体です。
そこに派手さはないけれど、情報を正確に伝えるという点において、とても誠実な書体です。

宛名書きにおいて私が大切にしているのは、
芸術寄りの「書」ではなく、筆耕の実務としての「確実さ」

その枠の中で、品格や信頼感、親しみやすさ、温もり・・・手書きならではの良さを感じられる文字が書ければとも思っています。

基準は、一般の人が読めるかどうか

筆耕で使用されることが多い「書写体」や、時折希望をいただく「行書」については、ケースによっては対応することも。
その場合も同様に、日ごろあまり書に親しみのない方や、読字に困難さがある方でも迷わず読めるかどうかを基準に、平易なものに限定して使用することにしています。

宛名は、書き手の表現の場であると同時に、社会の中を通過していく文字です。

だからこそ、私はまず「楷書」を選びます。

何より、受け取る人にも、届ける人にも、負担をかけない文字でありたいと思います。